妄想劇
キ○ィ VS 新○線

その闘いは深夜に行われた。
なに分、極秘なため、騒音問題が取り糾されてこの闘いが明るみに出てしまうと困る。なので、場所は民家がなるべくない地点が選ばれた。
『こちら“しR”、“サムリオ”聞こえますか、どうぞ』
無線機を持っている男の周りには、同じ制服を着た男たちがそれぞれ真剣な面持ちで立っている。
『こちら“サムリオ”、良好です、どうぞ』
無線機独特のノイズが聞こえる度、男たちは息を飲む。仮設された建物に響くのは、ただ無線機からの音と、緊張を隠し切れていない男たちの大きめの呼吸音のみ。
無線機を持った男が一つ小さく深呼吸をし、チャンネルを変えて、マイクのスイッチを押した。
「鳥居くん、気分はどうだ?」
繋がっていた先からは威勢のいい男の声が返ってくる。
「最高ですね。これから日本一が決まる、しかも私の手に因って決まるなんて嬉しいこ とこの上ないですよ」
鳥居と呼ばれた男の声に奮えは無い。迷いはなく、明朗である。
鳥居武(とりいたけし)、それが彼の名前である。歳は33、前途有望な運転士として数年 前から新幹線の運転を担当している。事故はもちろん、遅延すら殆ど無い。乗客からの感想では 『乗り心地がよかった』『また彼の運転で乗りたい』『今日の運転士は誰だ、是非よろし く言ってくれ』という激励の言葉を数多く戴いている。
そんな、乗客を夢心地で運ぶ彼が選ばれたのは当然の流れだといえる。この、『夢』とい うたった一つの言葉を賭けたガチンコ勝負に。
ことの発端が何だったのかは知られていない。ラーメン屋で子どもが言った一言とも、また飲み屋でかち合った互いの会社の専務クラスが酔った勢いで 口論になったとも言われている。どれもこれも、信憑性はまるでない。ただの噂だ。何が理由で始まったのかわからない、いや、もうここ まで来たら理由などは関係ない。互いの意地と、守るべき『夢』のために闘う、理由はこれだけで十分なのかもしれない。
「鳥居くん、もう一度、君の成すべき事を確認しよう。我々はその場所から発車し、最高速にな るまで加速する。そして、予定されているポイントで待ち構えている相手と接触する。相 手が見えてもブレーキをかける必要はない、相手も了承済みだ。君がすべきことは、相 手を700系の力を持って完膚なく相手を轢くことだ」
マイクを持つ男の声に熱がこもる。周りを囲んでいる制服の男たちの握る手にはうっすらと 汗が滲んできた。
「わかりました、主任」
鳥居はたった一人の新幹線の運転室で笑った。



『こちら“しR”、“サムリオ”聞こえますか、どうぞ』
しRからの通信が無線機に届き、それをけろっびが受ける。
『こちら“サムリオ”、良好です、どうぞ』
単なる連絡なので、けろっびは手短に答えた。
「しっかし、大変なことになったな、キチィ」
準備運動をしているキチィに向けて、苦笑いを交じらせながらけろっびは言う。
「たいしたこと、ないわ」
アキレス腱を伸ばしながらキチィが笑う。正直、それを見てけろっびは呆れた。これからキチィ が挑む相手は新幹線。常識なら新幹線なんて生身で止められるはずがない。それを、たいしたことないと言い切る目の前の猫は一体何者なんだろうか。いや、キチィだが。
「やっぱ、おめーはスゲェよ」
「あら、ありがと。はすの下が褒めるなんて珍しい。雨でも降るんじゃないかしら」
「茶化すなよ、俺は本気で言ってるんだからさ」
けろっびが竦めた肩をポンと叩き、キチィは笑う。
「大丈夫、行ってくるね」
勝負は、間もなく始まる。始まってしまえば、ちっぽけな蛙一匹に出来ることは無い。出来ること と言えば、祈るだけか。しかし、そんなの蛙でなくたってできる。
「無力だな、俺」
悔しそうにけろっびは呟く。出来ることなら代わってやりたい。男としてそう思う。しかし、腕 力でキチィに劣るけろっびには出来なかった。 “サムリオ”の『夢』を背負うことが出来るのは、キチィを置いて他にいない。
「頑張れよ、キチィ」
キチィが向かう方を見て、言う。
彼の身体は、雨を予感していた。なにか、起こりそうな気がした。



『こちら“サムリオ”、配置つきました。どうぞ』
『こちら“しR”、了解。どうぞ』
両者ともに準備は万端。後は、力と力のぶつかり合い。
片や“しR”の誇る夢の超特急、新幹線700系。列車編成長404.7メートル、編成重量634トン。一度に1323人の乗客を快適に運ぶことができる。
片や“サムリオ”が生んだネコのヒロイン、キチィ。リンゴ5個分の身長とリンゴ3個分の体重。ファミリーネームはホワイト。イギリス生まれ。
体格差は明らか。キチィが新幹線を止めることなど出来るはずがないと思うのが世の常識だろう。
しかし、忘れてはいけない。世の中、大きい者が小さい者に負けるということがあるのも 常識である。
そして、勝負の時は訪れた。
新幹線側の停止信号が解除される。
「出発」
鳥居は新幹線のブレーキを解除し、新幹線のアクセルであるマスコンのレバーを倒す。
700系は徐々に加速し、軽く時速100キロを突破する。
一方のキチィと言えば、何をするわけでも無く、ただ相手が最高速で向かってくるのを待 つ。
700系の速度が更に上がる。150……200…………250……………。
営業最高時速285キロメートルへと、メーターが進んでいく。本来、この闘いに向いているのは営業最高時速300キロメートルとなる500系なのだろうが、この700系は乗客や周辺住民の為を思って、単に速度ばかりを求めずに改良された。500系より、『夢』を与える闘いにはふさわしい機体なのだ。
一方のキチィは、線路の揺れを感じて迎える構えを始める。
この勝負、要は相撲の立ち合いと同じだ。いかに素早く相手の弱い所に潜り込めるかが勝負を決するとキチィは見ている。体格で劣るキチィが新幹線に勝つには、相手の弱い部分をつくしか手はない。相手がそういった小技を使えないからこそ、自分はそれを利用する。
カッコイイ台詞を借りれば、『柔よく剛を制す』の実現。
新幹線は最高速に達し、ポイントへと近づく。キチィはそれを大きくなる振動で感じていた。
「っつ」
キチィの視線の先にライトをつけた新幹線が現れた。突然の閃光にキチィは目を閉じた。
いよいよだ。接触まで数秒もないだろう。
「あーあ、サングラスもってくるんだった」
高ぶり、固まってしまっている体をリラックスすするため、わざと大声で独り言を言う。言い切ると同時に口を結ぶ。
高ぶりは鳥居も同じだ。
「さあ、いよいよだ。『夢』を賭けた勝負、負けるわけにはいかない」
鳥居はこれから起こるであろう衝撃に備える。
距離はほぼゼロ。
キチィが動いた!

ドカン!

まるでビルにぶつかったかのような轟音が響き、凄まじい衝撃が700系に走る。
その衝撃は後部車両へと伝わり、後部車両は完全に線路から外れる。
「なっ! 東海道線新幹線は操業以来脱線ゼロが自慢だというのに……こんな所で、まさかこん な脱線の仕方をするなんて――流石だな、でも、負けられないんだ!」
鳥居は今更意味もなくマスコンのレバーを掴む。意味が無いとしても、やらなくては気が済まない。
「長年、全国の修学旅行を乗せてきた夢の超特急をなめてもらっては、困る!」
鳥居自身、新幹線に乗って修学旅行に行った一人である。そう、あれは中学校の修学旅行で京都へ向かった日のこと、初めて新幹線を乗った時の感動は今でも覚えている。それまで電車に興味が無かった自分が、今こうして電車の運転士になっているのは新幹線と出会えたから。彼の夢は新幹線そのものなのだ。
「Be Ambitious!」
大志をいだけ、つまりは、大きな夢を持て、とも取れる。かつての夢の超特急はバージョンアップされ、姿を変えたが、新幹線は夢を与える超特急であることに代わりは無い。自分の夢、そしてこれからの若者の夢をここで絶やすわけにはいかない。
鳥居がレバーを握る手にかつてない力が篭る。
(な、なんて熱いの、この運転士の思いは!)
キチィは焦りを感じていた。勝負は立ち合い直ぐに決するとばかり思っていたからだ。それが実際はどうか。新幹線は後部車両を脱線させられて沈黙するどころか、キチィへと向かう速度を落とそうとしない。
キチィは懸命に踏ん張るものの、新幹線に押されて少しづつ後退している。
新幹線を両手で押しているキチィの中には、運転士の新幹線に対する思いが流れ込んできた。これは最早、理屈ではない。その思いが、常識では考えられない新幹線の動きを与えていることも分かる。
しかし。
(私だって、負けられないの。たくさんの仲間と、それを愛してくれるたくさんのみんなの為に!)
懸命に踏ん張るキチィだが、押される距離が徐々に徐々に伸びている。身体が悲鳴を上げ始めたのだ。足の踏ん張りが利かなくなり、腕は鉛のように感覚がなくなる。負けるという言葉が頭の中に浮かぶ。
(ヤダ、負けたくない!お願いはすの下、力を貸して!)
それは奇跡だった。突然の豪雨が降り始めたのだ。次の瞬間、勝負は決まった。
僅か、まさに僅かに出来た車輪とレールの摩擦の欠損がキチィの怪力には仇となった。
キチィはその一瞬を逃さず、背筋・大腿筋を始めとする筋肉を最大限まで活用した最後の力を振り絞り、新幹線を失った全車両含めてキチィの後ろへと投げ飛ばした。
新幹線は宙で孤を書き、轟音と共に地面へと落ちた。まさにこの瞬間、夢の超特急は、“サムリオ”が生んだネコっぽいキャラクター、キチィに負けたのだ。

勝負を見届けていたけろっびはキチィに抱き着いた。
「やっぱスゲェよ、お前」
「ありがと。でも今回勝てたのは、はすの下のお陰だよ」
キチィはニコリと笑う。どういう真意かはわからないが、とりあえずその笑顔にけろっびの緑色 の顔は赤く染まった。
「な、何言ってんだよ。ほら、帰るぞ。って、立てるか?」
抱きついたキチィの体に力がこもっていないことが分かった。
笑顔から一転、キチィは疲れ切った表情を見せる。
「ちょっと、ムリみたい」
エヘヘとかわいらしくキチィは笑う。けろっびは頭をポリポリとかくと、意を決したようにひょ いとキチィを抱き抱える。
「わっ、えっ、はすの下?」
「軽いなぁキチィ。新幹線に比べれば」
「それはそうに決まってるじゃない」
キチィは顔を真っ赤にしながらジタバタする。しかし、新幹線との激闘の後のキチィではけろっびの腕を解くには至らなかった。
「ほら、動くなって」
「う、うん」
“サムリオ”の英雄はけろっびの腕のなかで大人しく縮まる。そして、いつの間にやらかわいらしい 寝息を立てた。
けろっびは、どこか嬉しそうにその顔を見ていた。
「こう見ると、ただのネコなんだけどなぁ」
しかし、次の瞬間、表情を一変させて呟く。
「次は千葉にいる黒いネズミとの勝負が控えてんだ、今はゆっくり休めよ」



暗い部屋、でかいモニターの前で二人の男がその結末を見てホソ笑んでいた。
「だでよぉ、言ったんだ。あのままの700系でぁあ敵わなにゃ〜って。もちろん、500系でも駄目だったけどね。」
「それさは同意だべ」
後に二人はそれぞれ別の次世代新幹線を作ることになる。
一つは、700系を更に改良し、乗り心地を向上させながらも、営業最高時速300キロメートルを達成した新型新幹線「N700系」。
もう一つは最高時速360キロメートルに達する、新型新幹線E955系、FASTEC360Z。通称「ネコミミ新幹線」。
『夢』を賭けた勝負は終わることはない。




緋者そーやのコメント
これだけ好き放題しましたが、これはフィクションであり、たとえ似ている名前の実在する団体やキャラクター名を連想されたとしても、それらとは一切無関係です。
なお、ここに飛べば、私がこれを書くきっかけが分かります。もともとは、ブログ用につくったのですが・・・・・・この大きさになったのでブログに載せるのをためらったわけで。
では、次回。

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