オリジナル
半月


知らないうちにたどり着いた公園。何も考えず、ベンチに腰掛けた。

足元の土をつま先で削り、それをカカトで戻す。
繰り返しているうちに訳が分からなくなって止めた。

首を右に向けると、枯れ木の向こうで欠けた月が静かに沈んでいこうとしていた。

「よっ」

見たこともない奴が声をかけてきた。

「あぁ?」

俺は不機嫌な声を出す。
なんで俺はこんな奴に返事を返しているんだろう。
よく見れば、高校生かそこら。まかり間違っても夜中に現れて良いような年齢じゃない。

口元にはタバコ。
暗闇の中で、たまに赤熱する。

「なにしてんの?」

たかりにでも来たのか。いや、そうでは無い様だ。
たった一人のそいつは、俺の隣に腰掛けた。
少し腰を浮かして、間を空ける。
風が吹くと、タバコの煙がこっちに来るのがウザイ。

「なにしてるように見える……」
「知らね。だから聞いてんじゃん」

何が面白いのか、ゲラゲラと男は笑った。
くわえていたタバコを地面に投げ捨て、足で潰す。
吸うのを止めたのかと思ったが、男はすぐに新しいタバコを取り出して火をつけた。
俺は顔をしかめる。勿論、男は俺を見ているはずも無く旨そうにタバコを吹かす。

「あーあ、つまんねぇ!」

男は言った。

何がつまらないのか分からないが、大声で叫んでいた。

「アンタも、そう思うっしょ? マジ、学校とか無い」

男は携帯を取り出した。
一回開いて、メールを打って、閉じる。
すぐに開いて、メールを打って、閉じる。
また開いて、メールを打って、閉じる。
わざわざ俺の隣でしなくても無くてもいいだろう……。

「で、なにしてんの?」

男は、話を元に戻す。

「なんにも」
「へぇ」

俺は出来るだけ素っ気なく答えた。これで相手が興味を失うことを期待する。

「いくつ?」

だが、男は興味を失うどころか、質問を続けてくる。
正直、ウザイ。
頼むから、どこか行ってくれ。
明日も学校あるんだろ?
メールなら家でも出来るだろ?

「……25」
「へぇ」

俺は答えた。
別に、男に興味が沸いたわけじゃない。
答えれば、男はどっかに行ってくれるだろう。興味が尽きるまで、答えきってやる。

「なにしてんの?」
「だから、なにもしてない」
「そうじゃなくてさ、仕事」

何が面白いのだろう。
男はずっと笑っている。
馬鹿にしてるのか? 俺を。

「……フリーター」
「へぇ」

くわえていたタバコを、また地面に捨てる。
新しいのに火をつけた。

「吸わないの?」
「吸わない」
「へぇ」

質問をしてきた割には、別に一つ一つのことにこだわる様子はない。
会話をする、という気は互いに無いのかもしれない。
たまに、男のタバコの煙がこっちに来るのがウザかった。

俺は時計を見た。
時間は、2時。
バイト先を離れて、かれこれ1時間半もこうしていたらしい。


馬鹿らしい。


「バイト、なにしてんの?」

突然、男が話しかけてきた。
気がつけば、男の足元には吸殻が山を成していた。
暇ならば帰ればいいだろうに。学校だってあるだろう。

「厨房」

短く答える。

「どこの?」

珍しく、男は会話をしたいようだ。

「ファミレス」
「国道沿いのファミレス?」
「そう」

俺が答えると、男はいつものように「へぇ」と頷いて会話を締めくくる。

「お前は、なにしてんの?」

帰ればいいのに、俺は男に聞いていた。
顔にかかる煙が嫌なら、俺が帰ればいいのに。
話されてウザいなら、俺が帰ればいいのに。

「高校生」

男は気だるそうに答えた。

「学校、つまらねぇ?」
「あたりまえじゃん」

男は息を吸い込む。
タバコが一気に灰になる。

「あんなん、面白いはずない」
「まぁ、そうか」

俺は男に同意した。
男は、灰になったタバコを地面に捨て、箱から取り出す。
「うわっ、ラストかよ」
男は忌々しげに呟く。

少しだけ、男に興味が沸いた。
会話をしてみようか。

「俺もさ、高校つまんなかった。だから、辞めた」
「マジ?」

つまらない、といっていた割には驚いたように男は俺を見る。
辞める気はないのかもしれない。
いや、他の事が気になったのかもしれない。
まぁ、そうか。それもそれだ。

「毎日電車に乗ってさ、どうでもいいこと教えられてさ。嫌になった」
「だよな。学校とか、無い」

男は笑う。

無い。男の言っているこの単語の意味が少し分からなかった。
でも、言いたいことは分かる。
そう、学校は『無い』。

理由も無く行かされて、
理由も無く勉強を強要されて、
誰が決めたのかも分からない校則で縛られて。
どうしてそこに入ったのかも、分からなくなる。

行かないと取り残されたような気分になるから行っただけなのに、
あたかも自分が行きたかったかのように周りからは言われる。

本当に、学校は『無い』。


そう思って、俺は辞めた。

男は、どうなのか。
少し興味がある。
同じなのか?
違うのか。

俺は何も言わずに男の発言を待った。


男は最後の一本を吸い終え、それを地面に捨てた。

「でさ、アンタは今どう?」

男は聞いてきた。
俺は、面食らった。
まさかそうくるとは思ってもみなかった。

「どうって?」
「辞めて正解?」

男の顔をはっきりと見ることは出来ない。どういう表情をしているのかも判断できない。
質問の目的は一体何なのか。

「さぁ。どうだろ」
「なんだよ、それ」

男は笑った。

「なんだろな」

俺は同意した。

「なぁ」

俺は顔を右に向けた。
男もそちらへ顔を向ける。
そこにはやはり欠けた月があった。
「あれ、どう思う」
「は? 月がどうかしたの」

男は顔を正面へと戻し、興味なさそうに尋ねる。

「あれさ、また満月になって、半月になって、新月になって、一ヵ月後にはまた半月になるんだよな」
「だから?」

「飽きないのかな」
「はぁ?」

わけが分からないといった風に男は首をかしげる。
「わかんねぇなら、それが正解」
俺は呟く。


間が空く。
「高校、行っとけ」
俺は言った。
多分、男は驚いた顔をしているんだろう。まぁ、暗くて見えないが。
「結局、世の中変わらねぇんだから」

世の中は変わらない。
断たない限り、変わりようが無い。
どうせ、フリーターだろうが社会人だろうが、高校生みたいに毎日同じことの繰り返しを味わうんだ。
嫌で辞めたけど、毎日が繰り返しだったことが嫌だったけど、今では仕方なしそれで暮らしている。
そうするしかないんだから。
生きていくためには、それで仕方ないんだ。

「なに言ってんの」

馬鹿にしたように男は笑う。
多分、俺の言っている意味なんか理解できないだろう。
俺も男と同じ年で同じこと言われたら理解なんか出来なかったと思う。

でも、数年後に気がつくだろう。

俺と同じように。

ここでふと、俺は気がついた。
俺はどうしてこんな所にいるのかという理由。

毎日毎日繰り返されるバイトに飽きてきたんだ。
たった、それだけなんだ。

なんだ。
そうか。

「高校は行っとけ。多分、その方がいい」
俺はもう一度繰り返した。
「へぇ」
男はそう言って締めくくった。

しばらく、互いに何も話すことは無かった。
男は自分の足元にあるタバコの吸殻を靴でいじって遊んでいる。
俺は右を向いて、沈んでいく月を見ていた。

「なぁ」
男は何かを言いかけた。しかし、俺はそれに被せるように言う。
「痛い奴の言うこと聞きたくなかったら、早く帰れ」

俺は苦笑いした。
これ以上続けたら、どうもセンチメンタルな発言しか出来そうにない。
たまにあるだろう、そういう日ぐらい。

「ハハハ」

男は笑ってベンチを立った。
「タバコ切れたから、帰る」
そう言って、俺に空の箱を投げつける。

「そうしろ」

俺は空箱を受け取った。

男は、そのまま帰っていた。
まっすぐ帰ったかなんて知らない。
これからどうなろうが、関係ないし。
ただ、俺の手の中にはアイツが残した空箱がある。

「さて、帰るか」

俺は沈んでいく半月を見て言った。

上弦の月はやがて満月になる。
満月はやがて下弦の月になる。
下弦の月はやがて新月になる。
新月はやがて上弦の月になる。

月は、こうやって数億年と同じ様に満ち欠けしてきた。
飽きるとか、飽きないとかじゃなくて、そうするしかなかったから。
月にとって見れば、それが仕事なのだろう。








……なんて考える俺はただの阿呆だ。
月が欠けてるのは、月がしたいからなんかじゃない。
科学的に考えてみれば、今までのことは俺の痛い思い込みでしかない。
でも、まぁ。今日の俺は痛い。それでいい。

この世の中、ままならない。
たった一人、望もうが変わりようが無い。
だから、仕方なしにその中で生きるしかないんだ。

ここで俺は、ふと気がついた。

「帰り道、わかんねぇや」

俺は呟いて携帯を取り出し、GPSで位置を確認する。
バイト先から大分離れたところにある公園だということが分かった。

知らない公園。
どうやってここに来たのかも覚えていない。
面白さがこみ上げて来た。

なんだ、少しは毎日と違うじゃないか。




緋者そーやのコメント
半月。これは、DEPAPEPEというアーティストの曲を聴きながら作ったものです。
実際に聴きながら読むと、30秒〜45秒程度出てしまう分量になってしまいました。ただ、自分的にはこれ以上削れないので止む無くこの長さに。
それでも、できればDEPAPEPEの「半月」という曲を聴きながら読んで頂ければと思います。「Hi!Mode!」というアルバムに収録されていますのでレンタルなり、いっそ購入するなりで。
これからも、こういう挑戦というのをしていきたいなぁとおもう所存です。作りやすいですしね。
ちなみに、私は根っからの学校大好き人間ですから。はい。これだけは言わせてください。それでは、違う作品で逢えますことを。
(リクエスト等ありましたら、crowd_of_crow★mail.goo.ne.jp までお気軽にどうぞ。苦情でも、承ります。 ※★をアットマークに変えて送信してください)

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